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はい~第四話目シャカシャカ ""8(^∇^8)(8^∇^)8"" シャカシャカ

リアルに今もいろいろ現在進行中だけどヽ(´∞`)ノ アウアウ?

とりあえずいってみよー☆★

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とりあえず、お泊まりはクリア!

さて、次はどうしよう。。。

そんな事を思う当時の少年こと俺は、やっぱり例の夏休みの宿題、「17歳の頃」をダシに使うのだった。

というか、K兄も、「ひどい内容だからもう一度」

と、いうことで、八月後半に、下北沢で。。。だったかな?(・vv・)ハニャ?

まあ、待ち合わせたところは、実は覚えてないんだけれど、ともかく下北沢の喫茶店でインタビュー

まあ、まあた、インタビュー内容が、とんでもないことを言い出したりしていたんだけれど、これはこれでこの話の最後に持って来ることとして!

んで、なんだかインタビュー終わって明大前まで歩いて散歩しつつ帰ろうとかなんとかってことになったんだよね。

が!!!!

これが大きな大きな間違えだった!

下北沢から明大前

結構近い事は、近いようなのだけれど、

二人とも道を知らなかったもんだからさあ大変~!

実は明大前の駅の近くに来ていたのに、変なところを曲がってしまい、ぐるぐるぐるぐるぐるとまわり続けた

。。。。。。結果。。。。。。六時間以上も迷ってしまい、いつの間にやら真っ暗に

((( T_T) トボトボ

「ねえ~~ここどこ~~。てかトイレ行きたい~~。てか、やっぱりあの時曲がればまっすぐ行けばよかったんだよー。」

「そう思ったなら言ってよ。」

「だってK兄が曲がるから、そうかなーって思ったんだもん。」

とか、なんとか、そんなこんなで駅についた頃には

確か夜の9時とか?出発したのが3時頃  ヤレヤレ ┐(´ー`)┌ マイッタネ

でも、その時K兄が夜御飯をおごってもらえることに!

しかしその時の俺、妙に変なおぼっちゃまだったというか

いわゆる、ちょっと汚いというか、大衆食堂というか、抵抗あったりしたんですよ!W

今から考えるとびっくりだったんだけど、

まあ、だって、おじさんとかいっぱいたし、、、

で、せっかくのK兄の申し出を何故か嫌がって

コンビニでおにぎりをおごってもらうことに!

。。。。。。(;_;?) ワケワカメ・・・

で、まあ、その時はちょっぴり

ふふ~ん ε- (ー ^ ) フッ

とか思いながら帰ったんだけど。

ね?ふつーここまでいったらうまくいきそうな感じするでしょ??

ふつーはなんていうか、こう、ねえ???

ところがどっこい!俺は全然!今も昔も。「不幸の象徴」とかあだ名されるくらい上手くいかない。

その後どなったかというと。。。

次に会ったのは9月の文化祭。

俺が演劇をやっていて、見てもらったんだけど(^-^*))。。。きゃぁきゃぁ!。。。((*^-^)きゃぁきゃぁ

これがまあ、かなりいろいろダメだって言われた。ρ(..、)ヾ(^ー^;) ヨシヨシ

でも、K兄。よりにもよって、でっかいサングラスに、迷彩のタンクトップとかで高校に来やがったんですよ!

まあ、いわゆる芸能人スタイルというか。。。サングラス大きすぎだって。。。

で、何故かその時、俺は、どのように周りに言ってたのか覚えてないけど、何故か部活のみんなにK兄の事を喋ってて

それはそれは隣に歩く事を誇らしげに思いつつ、文化祭をまわっていたのを覚えている。

「どーだー、俺のK兄かっこいいだろー」って。

お前は中学生か!!

という感じだけど。

周りから見ると、サングラスで怪しさ大爆発の二十歳くらいの男を連れた俺。

「どう見えたんだろう??」

自分のクラスもまわり、部活もまわり、担任とかもまわり、なんかお笑いイベントっぽいのもまわった

。。。。。。。。エヘ(^ρ^;)\(″″) オイオイ..

とまあ、そんな感じで文化祭も終わり、

ささ、今度はどうしようかなあ~~o(^▽^楽)o wakuwaku

とか思ってたんだけど。

結論から言うと、

この後、二度と俺はK兄と会う事はなかった。

電話をする事はたくさんあったけれど、

実際にK兄に会うってのは、もうこれでおしまいだった。

なんでそうなったのか。

それは、次回以降で。



で、結局その、K兄について書いた作文はどうなったかって話なんだけど、実は高校の卒業式で文集になって

みんなに配付されるというなんだか面白いことになった。

この出来事は高校二年生のときのこと。

ある意味形見だ。

その内容が、これ。

    俳優に聞く   *******
 Jack of all trades and a master of han
 これが俺の格言。中学の頃から、夢の為に、いろんな物を捨てて、頑張ってきたんだ。  
 夢って、追い掛けるにつれて、形を変えていくものだよね。そして、それを叶える為の壁は、大抵より高みへと昇っていく。それに追い付き、飛び越す為には、余計な荷物はいらない。大切なものを一個かニ個もっていれば充分なんだ。
 そして、人生に、その人の運命を決める大きなチャンスはみんな三回はあるはずなんだ。それは何時くるかわからない。明日かもしれない。四十年後かもしれない。けど、絶対にいつかはくるんだ。だから、何時来てもいいように、そのチャンスに乗れるだけの力量を備えておかなければいけない。
 と、まあ、これが今の俺の行動原理なんだけど、最初の夢の事は中学の時から考えていたね。十七の頃も、今も、それは変わらない。まあ、中学からこんな事を考えているなんて、末恐ろしいって言われたけどね。もう一つは、十七の時にある人に言われたんだけどね。十七の頃は、丁度アメリカから帰ってきた頃だね。俺は小学校一年から、ずっとアメリカに住んでいたんだ。
 日本では、普通の公立の高校に通っていたんだけど、かなり学校をバカにしてたかな。欠席とか百二十日ぐらいあったし、学校に行ったとしても、朝起きるのが面倒だから午後から登校したり、授業を抜けだして、遊んでいたりしたね。予習も生まれてから一度もした事ないし、当時は英語以外の教科書ももってなかったね。特に理科や数学なんかは、必要ないものとして、中学の時に完全に捨ててたからいつも三点とかだったし。でも、これじゃあ卒業できないよね。でも、俺は考えてたんだ。いい大学に入れれば、それは学校にとっても名誉。それは先生達もほしいはずだから、きっと卒業させてくれるって。俺は英語だけは、よくできたんだ。模試とか受けても、英語は満点だったから全国一位だったからね。それで、三教科で、大学を受けて、受けた大学、上智、慶応、ICUは見事全部受かって、欠席も二十日に改ざんしてもらったんだ。英語では授業でも、先生の答えを添削してたし、みんなの質問とかも、先生じゃなくて、俺に来てたりしてたね。
 どうやって勉強してたかっていうと、ホワイトボードを買ってきて、立って勉強していたんだ。学校の授業みたいにね。ただ、違う所は、俺が先生と生徒のニ役をやるってこと。ボードにいろいろ書いていって、生徒の自分に。、先生の自分が質問する。これは何故のか。って。そこで、説明できれば、人に説明できるほど、理解しているってことになるし、できなければ、先生もわからないんだから、生徒の自分が勉強する。小さい頃から、これで勉強してきたんだ。最初は親に「誰かいるの」とか聞かれたりしたけどね。でも、一人で机に向かってかりかりやるよりは、楽しいし、頭に入ると思うよ。人それぞれだけどね。
 でも、先生に嫌われても嫌だから、英語教官室の十四人の先生達とはみんな仲よかったんだよ。一位の賞状もらったりとかしてたし、放課後は、教官室に遊びに行ったりしてた。普通の生徒は放課後に自分から教官室に遊びに来たりなんてしないから、「お前の爪の垢を煎じてみんなに飲ませてやりたい」なんても言われてたね。先生の親戚を彼女候補に紹介されたりした事もあったな。まあ、多少よいしょしてた事もあったけど、英語の全員の先生と仲よかったのは事実だしね。
 彼女っていえば、俺は学校の中で四天王のうちの一人だったんだ。もてる四天王って事らしいんだけど。近くの女子高に俺のファンクラブができてたりね。で、俺が、誰か女のコと話すと、いっつもそれを誰が見てて、そのコの家に夜イタズラ電話がかかってきてたりしてたんだって。「あんたなに、○○君と話てんのよ!許さないから」とかあったりね。
 その頃、三つ大きな挫折があった。どのくらい大きいか、というと、例えば受験失敗とかなんか話にならないくらい大きい挫折だね。挫折ってあんまり人に話すようなものじゃあないからそんなには教えられけれど、一つは人生三回ある大きなチャンスのうち一回を失敗してね、その時最初に言った、チャンスの話をその時チャンスをくれた人からされたんだ。失敗は発明の母ってエジソンは言ったけど、大きなチャンスに関してはそれはあてはまらない。そう思うね。
 話は変わるんだけど、その頃からずっと、俺は心霊が好きなんだよね。俺って、こう見えても、霊波動の使い手だしさ。信じなくてもいいけど、ま、そうなんだ。だから、涅槃とのコミュニケーションとるのは好きだし、心霊スポットを巡るのも好き。よく友達と行ったりするしね。この世に存在しない生命体と、関わりがあるっておもしろいよね。危ない所は、俺の霊波動が感知するから、回避できるしさ。
 だからじゃあないけど、基本的に昼間より、夜の方が好きだね。太陽とか光とかが嫌いなんだ。だから、なんでみんなそんなに海とか行きたがるのか不思議でしょうがないよ。人でも、冷たい、暗い人の方が好きだよ。友達増やすのとか嫌いだし。俺は、悪魔と天使だったら、迷わず悪魔の方が好きだね。見た目とかは関係ないよ。もともと悪魔と天使は一つのものだったんだから、そんな変わったりするはずがないし。それに、そもそも気持ち悪く書いてあるのなんて所詮想像でしょう。誰かが見たわけじゃあないんだし本来、形ないものなんだから。俺が好きなのは、悪魔の生き方や考え方。天使の全員に優しいなんてウソだよね。そういうの嫌いなんだ。もし、一リットルのペットボトルしかなくて、それを百人の咽が乾ききった民がほしがっているとしたら、天使の考え方でいくと、全員に十ミリリットルづつあげる事になるよね。それじゃあみんな死んでしまう。けど、悪魔だったら、自分の好きな人、二人に五百ミリリットルずつあげるとすれば、その二人はきっと助かるんじゃないのかな。俺は、自分のやりたいようにやれる悪魔の方が好きなんだ。それに、いつも冷たい人が優しい事を一つでもすれば、とても感謝されるだろうけど、優しい人が優しい事をするのは結構当たり前で、感謝とか一々されずらいよね。それって損してると思うんだ。
 悪魔だから、さっきも言ったように友達作りは本当に嫌いだね。よってくる人も多いんだけど、俺にとってはいい迷惑だね。少ない友達で仲良くしていた方がいいと思うんだけどな。
 俺はね、神々しい神がかり的なものになりたい。芸能界を例に出すと、モーニング娘や、たっきーなんかはアイドルチックで、万人受けするけれど、それは一過性のものにすぎない。後、五年もして、モーニング娘にきゃあきゃあ言ってる人はいない、もしくはいてもかなり少ないだろうね。だけど、例えば俺の好きな「chara」とか、松任谷由実とかそういう、万人受けはしないけど、ある一定のファン層をつかんでずっとはなさないようなもの。これはいつもでも続く、一生の仕事になるよね。だから、俺はあんまり、雑誌とか、テレビとかに出るのは嫌だね。自分を安売りしたくない。事務所でも、そこはわかってくれてるから断ってもらってるけどね。服でいえば、グッチかそういう高級ブランドみたいなもの。ユニクロみたく、安くて大量にっていうのは嫌。もちろん、一過性のものだって、そこで、沢山稼げるから悪くないのかも知れない。中途半端なのが一番いけないよね。けれど、俺は、そういう長く細くの方が、長くやれるし、本人も好きな事を無理なくやれるから楽だと思うんだよね。けれど、そういう人は何かしら人と違う。頂点に立つ人はみんなそうだよね。だから、俺は人と同じであるなかれ。と、思う。
 だから、人に良く変、とか言われるし、十年来の友達なんかにも、「何考えてるかわからない」って言われる。けど、俺はそうありたいからいいんだよね。俺の中に入ってくるなんてありえない事だね。 
 これが、俺の考え方とか、生き方かな。十七の時から、ミクロ的にはかわっているけど、マクロ的なところ、ずっと夢を追い掛けているって言う所は変わっていない。最近やっと、夢の壁が昇っていくスピードと、だいたい同じくらいのスピードで、かけ昇っているんだ。これからは、当然、今まで以上に頑張っていくけどね。



その時の俺は、今でも見ていられないほど、眩しい
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